しゅふときどきプチオタ

子育てベースでときどきプチオタネタを投入します。

HSPという言葉を知ったが故の弊害と解決法

HSPという言葉を知って、自分は絶対これだと確信しました。実際に簡単なチェックをやってみるとほとんど当てはまりました。

同時にHSPってなんだかあまり良くないもののかな…という印象も受けましたが、HSPという言葉を知って自覚することで楽になったという話を聞き、自分も自覚したら楽になるのかなと思い、HSPという言葉と向き合うことになりました。

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HSPという言葉を知り、自分はHSPなんだと自覚してからというもの「自分はHSPなんだ」と気になるようになりました。

まずHSPの人ってどんな人なんだろう、どんな症状があるんだろう…とネットで検索し、簡単な診断をやってみました。

結果は重度でした。

しかし重度ってあまり良くないかもしれないと思い、多少回答を変更したりして診断を何度もやり直し、結局軽度という結果が出るまでやり続けてしまいました。

診断を何度もやったことで質問を何度も読むことになりました。こんなこともHSPなのかという項目もあって、HSPって少し面倒だなと感じました。

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HSPという言葉を聞くようになって、関連本もたくさん出ていると知りました。

また、読むと楽になるとか安心するといった話を聞いて、私も1冊読んでみることにしました。

HSPについて書かれている本はとても読みやすく、内容もわかりやすかったし共感もできました。

本を読んだことでHSPに関する知識が深まりました。

しかし、私にとってこれはあまり良いことではありませんでした。

本にはHSPの特徴や対処法、改善策などがわかりやすく書いてあるものの、自分の生活環境で使える対処法はほとんどありませんでした。

そのため、自分はHSPなのに自分が使える対処法はないんだと思ってしまい、HSPであることを自覚したことで楽になるどころが、自分が直せない欠陥を持っているような気持ちになり、落ち込んでしまいました。

その後、何をするにしても「私はHSPだから」「私はHSPなんだ」と考えるようになっていきました。

イライラしていることもHSPだからだと思うようになり、全てにおいてHSPを持ち出すようになってしまいました。

私の場合はHSPという言葉を知ったことで逆に繊細さが増してしまい、HSPを知ることで楽になる、安心するといった当初期待したことのと真逆の状況になってしまいました。

そんな自分に戸惑いました。

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HSPという言葉に縛られて気持ちが落ち込むため、次第にHSPから離れたいと思うようになりました。

しかし、単に離れようと思っても難しい状況です。

そこでHSPの内容をネットや本の内容ではなく、自分の中で当てはめてみることにしました。

すると、HSPの特徴として紹介されていたものの中に、自分では長所だと認識しているものがある…ということに気付きました。

例えば、「芸術に感動しやすい」とか「音楽に感動して泣く」というような項目に自分が当てはまるとわかったとき、この特徴はHSPの症状だから人と違う点であり、欠点なのかもしれないと思うようになりました。

しかし、私は既にこの特徴が自分の性格の一部であることを自覚していました。

そしてそれは悪いものではなく、むしろ「私芸術肌なんだわ~」なんてかなりポジティブにとらえていました。

また、「昔のことをよく覚えている」というような項目については、忘れていても良いことを覚えているというデメリットがある一方で、人間関係において「過去に聞いたすごく小さいこと」をもとにプレゼントを選んだり、会話に織り交ぜて喜ばれた経験が多かったので、自分ではうまく付き合えている特徴でした。

「大きい音が苦手」とか、「人混みが苦手」という項目はHSPの特徴と知ってそーなのか!と思いましたが、これらも既に自分で苦手だと自覚していたので、大きい音や人混みを避けるなどの対処法をとっていました。

他にもHSPの特徴を自分に当てはめて、自分ではこう思っているということを自覚することで、少しずつHSPという言葉から離れられるようになっていきました。

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今よりも若い年齢だったり、独身だったり、会社員だったりしたらまた意識が違ったと思います。

仕事しているときはHSPが故に辛いこともありました。

読んだ本の中にも会社内での対処法が載っていたので、HSPを自覚して対処法を知ることができるのは良いと思います。

私が独身で会社員の時代だったら、HSPという言葉を知り、本を読むことで楽になったかもしれません。

しかし、今の私は年齢が上がってきて、自分の中の苦手な部分を理解して対処しながら生活していました。

そこに突然HSPという言葉が入ってきて苦手という部分に上書きされてしまったため、自覚していた苦手な部分が短所という自分の性格の一部ではなく、欠点や欠陥といった人間として良くない部分というように考えてしまったのだと思います。

振り返ってみると、HSPだから故に当初から気にしすぎが発動していました。気になるからネットで検索するし、本も読みました。

ただ、私の場合はHSPという言葉は知らなかったけれど、自分の性格や特徴は自覚していて、既に対処法を見つけていました。

故にHSPだと自覚することで楽になるということはなく、むしろとらわれて苦しむことになってしまいました。

私はHSPという言葉を知らなくても良かったし、知る必要がないタイプだったようです。

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本を読んで知識を深めてしまったことも今回は裏目に出てしまいました。

本がすごくわかりやすく、明確に書かれていたため、そこに当てはまる対処法がないとわかると、自分の症状は改善できないんだと落ち込んでしまいました。

独身で働いている時期と今の子育てしている主婦の生活環境は違うので対処法が違うのは当たり前のことですが、そのときは深刻に考えすぎていたと思います。

HSPだとわかっても、それで全ての人が楽になるとは限りません。私のようにむしろHSPという言葉が気になってしまうこともあると思います。

大きな音が苦手なのも、人混みが苦手なのも、音楽聞いて感動して泣いたりしてしまうのも、結局は全て自分。

段取りが悪いことが気になってあーやればもっと上手く進むのにと思ったら勝手に手順書を作成してみる。機嫌が悪かったり怒っていたりクレームが言っている人は苦手なのですぐにその場を離れる。

など、私は知らず知らずのうちに自分なりの対処法をとっていました。

仕事しているときはクレーム対応という仕事もありましたから、クレーム言っている人がいるから離れるということはできませんでしたが、事前に対応を考えておくとか、どうにもならない相手はその場は耐えて、帰宅してからひたすら文字に書き起こすなんてこともやっていました。自分なりの発散方法を見つけるという感じですね(笑)。

大事なのはHSPだとか繊細という言葉そのものではありません。

HSPの特徴が自分に該当したらそれはマイナスではなくて、それも含めて自分の性格であるということを自覚すること。

そして、その特徴によって生活に支障があるなら、自分に合った対処法をみつけることが大事であると思いました。

私はHSPという言葉の呪縛から開放されて、ようやく無駄に落ち込むことがなくなりました。

自分は自分でしかない。
今は今の自分を大切に。

そんなことを学んだ出来事でした。

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